仙台地方裁判所 昭和43年(ワ)331号 判決 1969年3月27日
原告 熊谷隆夫
<ほか三名>
右四名訴訟代理人弁護士 八島淳一郎
被告 東北貸自動車株式会社
右代表者代表取締役 碓氷源治
右訴訟代理人弁護士 林久二
同 石田真夫
被告 千坂長秋
主文
被告東北貸自動車株式会社は原告隆夫に対し金六〇万円、原告昭子に対し金五万円、原告徳康に対して金一一万七、二九八円、原告梅子に対して金三万円および右各金員に対する昭和四三年五月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告千坂長秋は、原告隆夫に対し金四五万円、原告徳康に対して金三万八、六二九円および右各金員に対する昭和四三年二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、(一)原告隆夫、同徳康と被告らとの間に生じた分は二分し、その一を被告ら、その余を同原告らの各負担とし、(二)原告昭子、同梅子と被告会社との間においては、同原告らに生じた費用の二分の一を被告会社、その余は各自の各負担とし、同原告らと被告千坂との間においては全部同原告らの負担とする。
この判決は第一、二項にかぎり仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
第一、本位的請求について
一、請求原因一の各事実(本件事故の発生とこれによる原告隆夫、同昭子の負傷)は原告らと被告千坂との間では争いがなく、被告会社との間においても、≪証拠省略≫により、これを認めることができる。
二、被告千坂の責任
右一の事実によれば、本件事故が被告千坂の過失により発生したことは明らかであり、同被告は右事故により原告らに与えた損害を賠償する義務がある。
三、被告会社の責任
1 被告会社が貸自動車業を営む者であり、加害車の所有者であること、本件事故当時被告千坂に加害車を貸渡していたことは原告らと被告会社との間において争いがなく、被告千坂が右加害車を運転して本件事故を惹起したことは前記一認定のとおりである。
2 ≪証拠省略≫を総合すると、被告会社はその所有自動車について貸渡の申込を受けた場合、運転免許証の有無を確かめたうえ、貸渡車輛の整備状況と借受人の運転技術を確認するため、約一ないし二粁にわたって同乗審査をなし、必ず電話連絡のできる保証人一名を立てさせ貸渡証を交付して車輛を貸与するものであること、貸渡自動車を運転するものは契約当事者に限られ、貸渡に際しては車輛の機関や車体各部の完全点検を行い、安全運転についての注意を与え、借受人は運転中常に貸渡証を携帯し、不測の事故が発生した場合には直ちに貸渡人に連絡するなどを義務づけられていること、車輛貸与の時間は概ね六時間から八時間と短かく、貸与時間超過利用に対しては所定料金の三倍に相当する違約金をもってのぞんでいること、予定走行距離、走行区域および走行経路を予め会社側に報告させ、これにより被告会社では貸与車の現在位置をほぼ確認できること、また一般的にいって貸自動車の事故率は自家用乗用車のそれに比し非常に高く事故の危険性が極めて大であること(この点は経験則上も容易に推認しうる)、貸渡料金は走行時間、走行距離および利用車種により定められ、超過時間、超過距離の料金、燃料費および修理代は借主の負担とされているばかりか、本件車種の使用料金は利用率の高い普通会員の場合使用時間八時間、走行基本距離一〇〇粁で三、三六〇円であり、会社所有車輛一四台(事故当時)の稼働率は六割八分から七割に達することなどの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
3 ところで、自賠法第三条にいう運行供用者責任は運行支配、運行利益の両面からその有無を判断すべきであるが、その判断にあたってはいうまでもなく同法条の依拠する危険責任、報償責任の理念に則りこれをなすべきところ、本件についてこれをみるに、前記認定の如く被告会社は貸自動車業を営み、その所有する十数台の自動車を常に整備点検し、種々の制約や条件を付してこれを不特定多数のものに連日貸与して利用せしめ、これにより相当高額の対価を得、収益を揚げているものであって、本件加害車輛の被告千坂えの貸与および同人によるその運行も被告会社にとりまさにその所有車輛の通常の利用形態であり企業目的そのものなのである。従って、かかる場合における被告千坂の運転行為は加害車に対する一時的な事実上の支配にすぎず、被告会社は、加害車により運行利益を得ているばかりか、同人の右運転中も依然運行支配を保有しているものと認めるのが相当である。
4 従って、被告会社は本件事故により原告らの蒙った後記損害につき運行供用者としてその責任を負わなければならず、右は事故発生当時被告千坂が飲酒酩酊していたこと、或は契約で定めた貸与時間外に運行予定区域外での事故であることなどにより左右されるものではない。
四、損害
1 本件事故による傷害
≪証拠省略≫によれば、原告隆夫は本件事故により頭蓋骨々折、脳挫傷、左半身麻痺等ひん死の重傷を負い、手術の結果奇蹟的に一命をとりとめたものの、事故後数日に亘り意識不明の状態が続くなど約二週間余り危篤状態が続き家族や親類等が常に四、五名付添っていたこと、昭和四二年五月一一日から同四三年二月二一日まで仙台市立病院で入院加療し、退院後も約一五日位温泉療養をしたため、その間休学を余儀なくされ、中学二年の過程を再びやり直さねばならなかったこと、現在は一応健康を回復したものの今なお正座することは困難であるばかりか、長時間のかけ足には耐え得ないこと、一方原告昭子は本件事故当時高校二年生であったが、事故により右大腿部および右肘部挫傷兼筋肉内出血等により昭和四二年五月一〇日から同月三一日まで山崎外科医院で入院加療し全治したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
2 原告隆夫および昭子の慰藉料
前記1認定の本件事故の態様、受傷の部位程度、年令、その他諸般の事情を総合すると、原告隆夫の受くべき慰藉料は六〇万円をもって相当とし、同昭子のそれは五万円をもって相当とする。
3 原告徳康の積極損害
(一) 原告隆夫、同昭子の入院医療費等
≪証拠省略≫によれば、原告徳康は、昭和四二年一二月二九日、同隆夫の前記負傷による山崎外科医院における入院治療費等として一万二、五四五円、同昭子のそれとして二万三、二六九円を各支出したほか、仙台市立病院における同隆夫の入院治療費等として昭和四三年一月二七日から同年二月二一日までの間に合計五二万六、〇八四円の支払をなしたことが認められる。
そして、原告徳康が自賠責の強制保険から同隆夫分として五〇万円の補てんをうけたことは当事者間に争いがなく、従って、原告徳康の右損害は結局原告隆夫分三万八、六二九円、同昭子分二万三、二六九円と認められる。
(二) 採血者に対する謝礼金
≪証拠省略≫によれば、原告隆夫は前記負傷により仙台市立病院で手術を受けるため輸血が必要となり、その血液提供者熊谷信一他四名に対し、原告徳康が昭和四二年六月五日一人宛一、〇〇〇円合計五、〇〇〇円を謝礼金として支払ったことを認めることができる。
(三) 運搬費
≪証拠省略≫によれば、原告徳康は大和町吉岡の山崎外科医院で原告隆夫の応急手当をした後、直ちに同人を仙台市立病院に運ばねばならず、その寝台車の料金として昭和四二年五月一一日三、五〇〇円を支払ったことを認めることができる。
(四) 木ノ崎協和会に対する支払
≪証拠省略≫によれば、原告らは農業を営んでいるが、原告徳康、同梅子は同隆夫の看病におわれ、地区の共同農作業の互助団体木ノ崎協和会に出て働くことができず、そのため右協和会に対して田植労賃および諸経費として昭和四二年六月一〇日四万五、〇〇〇円を支払わざるを得なかったことが認められる。
(五) 原告隆夫の入院諸雑費
≪証拠省略≫によれば、原告徳康は同隆夫が仙台市立病院に入院中(前記認定のとおり昭和四二年五月一一日から同四三年二月二一日までの二八七日間)、黒川郡大郷町の自宅から同病院までの交通費(付添人分)、牛乳代、栄養剤等の栄養費、その他入院に伴う日用消耗品等諸雑費として相当額の支出をなしたことは認められるが、その詳細は必ずしも明らかでない。しかし、傷害の部位程度、被害者の年令、家庭環境その他諸般の事情を勘案すると、右諸雑費として少くとも一日平均三〇〇円は要したものと認めるのが相当であり、従って、右入院期間のうち原告らが請求する期間の日数二八三日間における右損害額は合計八万四、九〇〇円となる。
(六) 以上のとおり原告徳康の積極損害の合計は二〇万二九八円となるが、原告徳康が被告千坂より昭和四二年五月二〇日三万円、同年七月七日三万円、同年八月五日五万円の支払を受け、事故後見舞金として三、〇〇〇円を受領し、右積極損害に充当したことは当事者間に争いがないので、原告徳康の積極損害は八万七、二九八円と認めることができる。
4 原告徳康、同梅子の慰藉料
第三者の不法行為によって身体を害された者の両親等一定の近親者は、そのために被害者の生命が害された場合にも比肩すべき程度の精神上の苦痛を受けたとき、自己の権利として慰藉料を請求できるものと解すべきところ(最高裁昭和四三年(オ)第六三号同年九月一九日第一小法廷判決)、原告隆夫は、既に認定のとおり、本件事故により頭蓋骨々折、脳挫傷等ひん死の重傷を負い、頭部手術の前後約二週間に亘り意識不明などの危篤状態が続いたが、幸い医師の手当や両親等の必死の看護(輸血等)の甲斐あって奇蹟的に一命はとりとめたものの、その間において両親である原告徳康、同梅子が深甚な精神的苦痛を蒙ったであろうことは社会通念上からも容易に推認でき、右は被害者の生命が害された場合にも比肩すべき程度のものと解することができる。そして原告徳康、同梅子の慰藉料は諸般の事情を考慮し各三万円をもって相当とする。
原告昭子の傷害に対しては、原告徳康、同梅子が自己の権利として慰藉料を請求できる程度の精神的苦痛を受けたものとはとうてい認めることができない。
五、示談契約について
1 示談契約の成立
≪証拠省略≫を総合すれば、本件事故が発生した後、原告徳康(同時にその余の原告らの代理人をも兼ね)、被告千坂、訴外小池勲、同後藤次男らの間で本件事故による損害賠償につき数回にわたり示談交渉がなされ、原告側より原告隆夫、同昭子の入院諸雑費、看護費用、交通費等として原告隆夫については六一万二、六〇〇円、同昭子については五万七、〇〇〇円の金額が提示され、種々協議の結果、昭和四二年八月五日、被告千坂は、原告らとの間で慰藉料、見舞金、雑費等として五六万三、〇〇〇円を支払うほか、治療費は全額負担し、原告隆夫、同昭子に後遺症等の発生したときはその治療等に関して責任をもって協力することとし、原告らは右以外一切の請求をしない旨の示談書を作成したこと、右示談書には他に示談金五六万三、〇〇〇円を受領した旨の記載もあるが、右は被告千坂が第一審の刑事裁判で実刑判決を受けたので控訴審を有利に導くため記載したものであり、実際に全額受領したものではないこと、そして、右金員五六万三、〇〇〇円の支払方法は、同被告が既に支払った六万三、〇〇〇円を右の一部に充て、残額五〇万円を毎月五万円宛の分割払いとして支払うこととし、第一回の支払分が同日その場で授受されたこと、その余の残額の支払を確保するため右示談書作成後公正証書作成の話もでたが、手続きのゆきちがいから作成するに至らなかったこと、以上のほか過怠約款その他条件等のとりきめはなされていなかったことがいずれも認められる。≪証拠判断省略≫
そして、右認定事実のうち、示談交渉の経緯や原告側の提示金額と妥結額との間にひらきが少いこと、治療費、後遺症等に関するとりきめの内容や示談金のうち第一回分の支払が既に履行されていることなどの諸点に徴すれば、原告らと被告千坂との間では本件事故の損害賠償に関し、前段認定の如き内容の示談契約が確定的に成立したものと認めるのが相当である。
2 示談契約の被告会社に対する効力
被告会社は、原告らと被告千坂との間で示談契約が成立したのであるから、被告会社に対し示談額以上の損害賠償を請求するのは失当であるというが、被告ら各自の債務は、その間に主観的共同関係がなく、また被害者保護の見地にかんがみ、不真性連帯の関係にたつものと解せられるから、被告千坂に対する債務の一部免除の効力は、示談契約の趣旨内容から被告会社にもそれが及ぶものと推認されるなど、特段の事情がないかぎり原則として相対的効力を有するに止ると解すべきである。
従って、かかる事情の認められない本件においては、被告会社は、被告千坂に対する求償等内部関係は別として、本件事故による原告らの前記各損害を全額賠償する責任があるものといわざるをえない。
3 虚偽表示の主張
原告らと被告千坂との間の本件示談契約に同被告の刑事裁判を有利にせんとした意図が含まれていたこと、そのため示談書に示談金を完済した旨虚偽の記載が存することはいずれも前記五の1認定のとおりであるが、だからといって、このことからただちに本件示談契約を虚偽表示にもとづく無効なものと断定することは前記五の1認定のその他の諸点にかんがみとうていできず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
4 条件の存否について
原告は、本件示談契約の成立は示談金完済が停止条件になっており、完済されないかぎり損害賠償請求権も消滅しない旨主張するが、本件全証拠によるも右条件が明示的に存在したことはこれを認めるにたりない。また示談契約は被害者側において示談金が支払われることを期待して自己の利益を譲歩させ、これに応じているのであるから、衡平の見地より明示の特約がなくても加害者側の支払約束と被害者側の請求権の放棄とは相互に条件的関係が存在すると解すべきであるとの考えもあるが、しかし自己の利益を譲歩して支払約束を得ることは或る程度和解契約全般にも通じていえることであり、また示談することの利益は支払をうることを主たるものとしつつもこれのみに止らないのであるから、被害者の利益が不当に譲歩せしめられているなど特段の事情がないかぎり示談契約自体から当然に右条件が存在するものと解することはできず、従ってかかる事情の認められない本件においては原告らの右主張を肯認することはできない。
六、過失相殺
原告隆夫の運転する自転車の荷台に同昭子が傘をさし両足を左側にそろえて乗っていたことは当事者間に争いがない。
しかし、本件事故の態様は前記一認定のとおりであり、同事実よりみれば、本件事故は専ら被告千坂の飲酒酩酊による蛇行運転の結果発生したものであり、原告隆夫らの所為が仮りに道交法に牴触するものであったとしても、このことから直ちに同人らにも過失が存したということはできない。
第二、予備的請求について
一、予備的請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二、原告隆夫の慰藉料
原告隆夫の入院日数や休学期間等が原告主張のとおりであることは前記認定のとおりであるが、既に認定の示談契約の趣旨、内容から見れば、右の点に関する損害は示談金五六万三、〇〇〇円の中に包含されているものと解するのが相当であるから、右に反する原告の主張は採用しえない。
三、原告徳康の損害
被告千坂が原告らとの示談契約において原告隆夫の治療費全額を右示談金五六万三、〇〇〇円とは別個に支払う旨約したことは当事者間に争いがないところ、前記第一、四、3(一)認定によれば、原告徳康が同隆夫のために支出した治療費のうち三万八、六二九円が被告千坂の未払分として残存しているから、被告千坂は右金員を支払う義務がある。
第三、結論
以上の如く、原告らの請求は、被告会社に対して、原告隆夫につき慰藉料六〇万円、同昭子につき慰藉料五万円、同徳康につき慰藉料および積極損害として計一一万七、二九八円、同梅子につき慰藉料三万円および右各金員に対する遅滞後の昭和四三年五月一三日以降完済まで、また、被告千坂に対する予備的請求として原告隆夫につき四五万円、同徳康につき三万八、六二九円および右各金員に対する昭和四三年二月二四日(右各金員は本件示談契約の趣旨内容からみて同日現在既に遅滞に陥っているものと認むべきである)以降完済まで、それぞれ民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮嶋英世)